澁澤さんでねむり姫とくれば、ペローやグリムのような西洋的なものを想像してしまいがちですが、これはちゃきちゃき日本、平安時代から江戸時代までの時代小説です。
彼の著作の中でも数少ない創作小説のひとつ。
「ねむり姫」「狐媚記」「ぼろんじ」「夢ちがえ」「画美人」「きらら姫」の6つの幻想譚から成っています。
創作小説と言ってもまったくの作り話というのではなく、それぞれ下地となる、それほど有名ではないけれど逸話が残るものをベースにしているようです。
例えば表題の「ねむり姫」にでてくる「天竺冠者(つむじ丸)」は、平安時代に伊予国に実際にいた人物らしく、まさにばくち打ちから人々を惑わす妖しい宗教まがいのことをやって人を集めてお縄になったというようなことが古今著聞集に残っている。
「珠名姫」という名前も安房の方ですが、非常に美しい娘がいたということが万葉集にもあったりして。
「狐媚記」の「船岡山の狐」についても、京都の北に位置する船岡山に住んでいた白狐の夫婦が稲荷山へうつった時の伝承が残っているし、この白狐というのは美女に化けると信じられていたらしい。有名な陰陽師の安倍晴明の母も葛葉狐であったとも言われてますしね。
狐が化けた美女と交わると、精魂を吸い取られるとか死ぬという伝承もいろいろありますね。
文中でも様々な古典を引用しているところもありますので、それらのいろいろな話を咀嚼し、妄想の翼を大きくはばたかせて肉付けし、あやかしの幻想的な物語を紡ぎだしているようです。
古典的な内容なのに、なんかやたらと横文字が飛び出して、説明的な文章がはさまってしまうのは澁澤氏ならではといったところか。(笑)
どこか妖艶で人形のような無機質さをもった登場人物たちも澁澤氏らしい。
夢かうつつか、どこかエロティックな匂いも感じさせつつ、物語は突然意外な展開に走り出してしまったりする。
伏線とかそういうのではなくて、なんというか今までの展開をまるで無視してしまったような、主題がどこにあったのかわからなくなるようなこともあるが、そこはそれ。
きっと頭で考えてはいけない。流れるムードのようなものを感じ取って感性で「聴く」文章なのだろう。