道中見聞録:旅の記録や美術館、博物館、地域のイベント

岩手:えさし藤原の郷

02 東北岩手県

本物の歴史的建築物ではない、当時の様子を再現したテーマパークだが、江戸時代くらいの時代劇村が各地にある中、平安時代前後に絞ったところは珍しい。

実は以前も訪れたことがあるのだが、確かもう十数年前になるか。
当時よりだいぶ整備が進んでいろいろ見所が増えたという情報を得てもういちどじっくり行ってみたいなと思っていた。

まず入場して左側の建物で『版画 平家物語』展というのが開催されていたので覗く。
井上員男さんの作品で、物語の各場面が大きな屏風に描かれた大作揃いだ。
右手の手洗いのある建物では、数多くのロケの記録が展示されていた。

と、入り口付近でもそもそしてる間に団体さんが来てしまったので、園内散策へ出発。
まず最初に正面にどどーんとあるのが「政庁」。

読んで字のごとく政治や儀礼の行われる中枢機関です。
北側は8〜9世紀頃の旧式の建物。やや地味です。

南側は12世紀、律令政治が行われた頃の様子。
唐風文化が盛んで朱塗りの柱に入母屋造の屋根など華やかになってますね。

広々として開放的な空間。
大陸からの使者を迎えるときとか、朝賀の時とかは人で埋め尽くされてたのかなあとか思いをはせてみたり。

簡易な甲冑着て記念撮影できるコーナーがあったので、迷わず人がいないうちに着用。
紙や布などでできてるので軽いです。子供サイズもありました。

築地塀を抜けた隣には、トリックアートの館なんてのができていた。

だまし絵写真館といったところで、壁に描かれた絵と一緒に写真を撮るとなんちゃって~風に見えるといったもの。
(式神に乗るの例)

その後は左手の丘の方面へ向かう。
坂の途中からは「政庁」と「伽羅御所」の全貌が見下ろせる。

傾斜の途中にあるのが「義経持仏堂」。
平泉にある追い込まれた義経が最期を迎えたと言われる「高館義経堂」がモデルだ。
弁慶と義経の人形がやや胡散臭さを出してしまってるような。。。

細かいところもあまさず見ていきますよ~~。
職人たちが働いていた工房。(製鉄関連)

穀倉群。高床式の食糧保存庫ですな。
古代から受け継がれる日本の風土に合った形なんだねえ。

見張り台と柵を張り巡らしてある「藤原経清の館」
高橋克彦さんの『炎立つ』を読んだ人なら知ってるはず。

陸奥国奥六郡の長、安倍頼良の娘を妻とした陸奥権守。
最初は征討に来た朝廷軍に逆らって現地側についたんだけど、源頼義(頼朝、義朝の先祖)が陸奥守兼鎮守府将軍として着任後、一度恭順したにも関わらず再び反旗を翻し、厨川の戦いで安倍氏と運命を共にした(前九年の役)という数奇な運命を辿った人物だ。

「藤原清衡の館」
その経清と安倍の娘の間に生まれた為、本来敵X敵の嫡男など生きてられるはずもないのだが、同じ東北豪族ながら朝廷側に回った清原武則の妻に母がなった為、命を長らえた。

立派な門構えの豪邸で、経清の館の物見と柵のように戦時中の感じはない。
と、いうのも「後三年の役」以降に建てられたものを再現したものだからなのだろう。

「後三年の役」は朝廷との合戦ではなく、その再婚先である清原氏の内紛が軸となっている。
まあ母違いの息子やら、養子やら源氏やらさまざまな血筋がこんざいしたカオスな一族になってたようだから、複雑な事情がこんがらがったんでしょう。

おもしろいのがこの時期、源頼義の嫡男「義家」が陸奥守を継いでるのだけど、父の最大の敵であった息子、清衡と手を組んで結局清原氏を滅ぼしちゃう。
そんでもって義家はこの事件で朝廷により失脚させられちゃうんだよね。

中尊寺金色堂に眠る奥州藤原氏三代の清衡、基衡、秀衡は有名ですね。
栄華の幕開けがこの「清衡」で、3代目「秀衡」の時に義経が世話になり、4代目の「泰衡」の時に生涯を終えるという流れになる。
奥州と源氏の因縁は、昔から深く結びついていたのだから歴史を知るのはおもしろい。

ここからさらに奥地へ坂を下って進むと「中村の郷」というのがある。
豊臣秀吉が生まれた尾張中村の生家という設定でロケに使われており、鄙びた田舎の農家風になっている。これはイメージだろうけど。。

ここから折り返して道なりに進むと城柵が見えてくる。

まずは「伊治城」
対蝦夷の北部最前線となる場所で栗原市付近にあったという。
大和王権時代の古代から存在していたようだ。

この門をくぐって登ったところに何故か「勧進帳」で有名な安宅関があります。(実際の関があったのは石川県なんだけど。。。)
まあ義経繋がりなんでしょう。

もういちど道に戻って向かい側を上っていくと「厨川柵」
前九年の役での決戦場ですな。

その先へ抜けていくと「アラハバキ」
古代に東北で信仰されたというところから、義経の逃避行を助けたという金売吉次関連として作ったらしい。

他にも細かい柵があるのだが、ぐるっとまわって金色堂。
中尊寺のあれですが覆堂をはずした姿でミニチュア化されてると、東武ワールドスクウェアのようだ。。
金のペンキがどうにも安っぽくなってしまっている。

最後に「伽羅御所」。
奥州藤原氏の三代目、秀衡の居館です。

時間はなくとも、駆け足の団体旅行でも、政庁とここだけは見ていけと言われます(笑)

広大な庭園の向こうには平等院鳳凰堂を模して建てたと言われる無量光院が眺められたらしい。

見た目は渋い平屋ですが、細かく分かれた部屋を渡り廊下でつなぎ、寝殿造の様式で、とにかく半端ない広さ。

「陰陽師」の撮影でも安倍清明の居館として使われたとか。
平安時代の暮らしぶりをうかがわせる小道具もそろっている。

こちらはお仕事などをされた詰所のようなとこらしい。あまり日が差さない位置で薄暗いので、夕暮れまでには終わったんだろな。

いわゆる御台所には、当時の食事の模型なども陳列してあった。

最後の方にはまた自由に簡易着付けコーナーがあった。ご丁寧にセルフタイマー用のカメラ置き台まであった。
(この写真も着物は羽織ってるだけなので、タイマーセット後着物で走って座って扇で隠すまで5秒くらいw)

優良の本格的な装束体験もあるのだが、こうした簡易で気楽に無料で遊べるセットがあるのは良い。

平安時代の実物大的な建築物はなかなかないので、3DCGなどの趣味にも生かせそうで勉強になった。

その向かいにはちょっとした庶民的な街並みがあって、そこを抜けると出口だ。

で、このえさし藤原の郷と道路を挟んだところにある郷土文化館というのが+100円でセット券になっていたので行ってみた。
いわゆる郷土博物館で、この地方の遺構や農業など歴史が学べる。

かわいらしい八大龍王像たち。

手前の企画展のみ撮影可だったので、気になったものをちょこちょこと。
現在の展示内容は「始源への回帰―胆江地方の修験道―」
人面蛇といった風情の宇賀神像。

なんとも愛嬌のある不動明王坐像。

ここで一番見ごたえがあるのは、奥の院と呼ばれる第一展示室。(撮影禁止)
「中善小原家の観音像群」が聖観音坐像を中心に据えて、周囲壁一面に西国三十三観音、坂東三十三観音、秩父三十四観音を合わせた100躰に囲まれてるお姿は圧巻です。

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