道中見聞録:旅の記録や美術館、博物館、地域のイベント

エジプト旅行記 3 エドフからアスワンへ

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本日は長距離移動。
ルクソールからエドフまでは、ひたすらナイル川に沿って南下。砂岩の岩山に建つ町や、田園風景などのんびりしていながらバラエティに富んだ風景が広がって、おもしろくなって寝れなかった。

ホルス神殿(エドフ神殿)に到着。
この神殿は近年まで砂に埋もれていたこともあってか、エジプト内でも最も保存状態がよいと言われているひとつ。
塔門の高さは36m。

ここも影になる天井部分には、少し色彩が残っている。

王の名前が刻まれていないカラのカルトゥーシュ。神殿作りには何年もかかるから、この時点では誰の名前を入れるか定まっていなかったのだろうか。。

パピルス柱のレリーフも、天井近くの葉(?)も奇麗にのこってますねえ。

エジプトの神々は、古くから地域ごとに微妙に異なった信仰が存在し、統一されていく過程で神々も統合されていった。
ホルスと言えば、オシリスとイシスの息子として有名であるが、元々太陽神ラーの息子とも、天空と大地の神ゲブとヌトの息子とも言われていた。いずれにせよかなり高位にある。

統一を表す上エジプトと下エジプトの冠を重ねてかぶった(二重冠)の姿で描かれていることが多い。

なんか教室での授業風景みたいですな。左から、オシリス神、ホルス神、ライオン頭はセクメト女神。

キッチンかな?こういう生活感の感じられるレリーフも、当時の様子が伺えていいですね。

正義のマークだったかな

至聖所内、ホルス神の聖船

ハヤブサ頭で体が人間で描かれることが多いけど、もろハヤブサのお姿も。

外壁の方には、ホルスが父の仇であるセト神(ここではカバの姿)を倒す物語がきざまれてるのですが、ちょうどそこを撮ってた時に、勝手に迷惑飛び込みアラブ人がピースしながらファインダーに入って、金よこせと脅しをかけてきたので、トラブルを避けるために削除しました(ーー;)こういう強引なの多いよ。。。(日本人だとなめられてるかも)

そこからさらに80kmほどのコムオンボへ向かう。。
途中でサトウキビ工場へ向かうトラックやトラクターの渋滞に巻き込まれてにっちもさっちもいかなくなり、予定が大幅に遅れる。

前後左右サトウキビ満載のトラックにはさまれ、脇をサトウキビ列車が走る。逆走する奴や、道をはずれて走ってはまっちゃったのとかもうめちゃくちゃ(^^;)

この時間ロスのせいで、本日回るはずだったアスワンハイダム方面への観光は翌日へ繰り越しになった。
それでもなんとかコム・オンボ神殿に到着。プトレマイオス朝時代の比較的新しい神殿。

すぐ脇のナイルの豊かな流れが見下ろせる高台に建っている。

ここはホルス神(ハヤブサ)とソベク神を祀っている。神殿向かって左右にわかれておりそれぞれの神で分けられているのが非常に珍しい。
ソベク神はワニな神様。エジプトの歴史はナイルと共にあるから、恐れとともに恵みにもつながるんだよね。

ホルスの目(ウジャトの目)は魔除けの護符のシンボルともなっている。

ナイロメーター。洪水が起こる季節に、ナイル川の水位を測定するものだったが、現在はアスワンハイダムで調整してるので不要のものとなった。かなり深いよ。。

ホルス神は二重王冠の他にもいろいろな姿で描かれることがあり、太陽を頭に載せたハヤブサと言えばラー神もそうなので(ホルスはタカとも言われるが、見た目じゃ判断できん!)、見分けがつかなくなってくる(^^;)実際にラーともくっついた「ラー・ホルアクティ」という名もある。

そうなると周囲に書いてあるヒエログリフを読んで判断するしかないじゃないか。。付近に目玉マークがあれば多分ホルスという見分けも。
ここのカルトゥーシュも空欄のまま王の名前が刻まれていないものがある。

サーフィンみたいでなんか可愛い。。。

ここのおもしろいのは、ソベク神を祀ってるわけで、付近から「わにのミイラ」も多数出土されてる。その「わにのミイラ博物館」があるのだ。

干物のようなわにがうじゃうじゃ〜〜〜。ここまでしっかり形が残っているのは、人間と同じく防腐処理をしてるからなんだよね。

包帯がまかれた状態のものも。。。

とても立派ないでたちのワニ神さま。でも羊の角のようなものも。。(本当はクヌム神??)

ここから一気にアスワンまで走ります。今日だけで5時間以上走ってる。。。
アスワンに到着したら、まず昼食。今日は「コフタ」というエジプト飯。牛肉のつくねを棒状にしたようなもの。

イシス神殿は、ナイル川中州の島にあるので、ここから船にのって移動します。なんかそういうのってテンションあがるよね!

本来は「フィラエ島」という違う場所にありましたが、アスワン・ハイ・ダムが出来る時に水没する運命であったため、ユネスコの援助で移築されました。

黒くなっている部分はナイルの水に浸かっていた部分と言われています。

イシス女神といえば、オシリス神の妻でホルス神の母。どこか女性らしい優美さも感じさせますね。
プトレマイオス朝(クレオパトラも生きたエジプト王朝末期)の比較的新しい神殿。

この第二塔門は、右側はきれいにレリーフが残っているのに左側は削り取られたようになっている。意図的に削られた跡なのかな?

左からオシリス(ミイラの姿)、イシス、ホルス(でかいけど指をしゃぶった人間の姿は幼児のしるし)の家族の肖像。

こちらのレリーフもいいですね。イシスがオシリスを守るように羽で包み込んでいる。

後世、ここもコプト(キリスト教)の礼拝堂に利用されたようで、祭壇の跡が残っています。

光と陰のコントラストも非常に美しい。

トラヤヌス帝のキオスク。別に売店だったわけではない。名前からもわかるようにローマの支配下に入ってからの建造物のようですな。

同じくアウグストゥスの礼拝堂。ローマ皇帝もこの島がお気に入りだった?

周囲の他の小島にも遺跡が存在してるようです。

この後、やはり別の中州に建つホテルへ船に乗って移動してチェックイン。

ちょこっと休んだ後、また船でレストランへ夕食に言ったのですが、昼食からまだそんな時間たってないから全然食べられなかった(^^;)

その代わり、レストランについてた売店でエジプトの民族衣装「ガラベイヤ」を購入。
いろいろ値段をふっかけてくるのを「これしか持ってない!」の一点張りでかなり安く買いたたいた(笑)
実際にエジプトポンドは残りわずかだったので、嘘じゃないもんっ!

翌日はいよいよアブシンベル神殿へ!朝はえええぞっ。

コメント

  1. sannzi より:

    見事にエジプト色溢れる色彩の風景ですね。
    冒頭のホルス神殿の堂々たること。
    今では土色ですが、天井部分など見るに、昔は鮮やかな色彩で彩られていたのかもしれないですね。
    コフタはまるで日本のおにぎりのように見えます。
    スイカは日本のスイカと同じ味なんでしょうか。
    写真を見ているうちに喉が渇いてきました、スイカを食べたくなりました。
    民族衣装「ガラベイヤ」も可愛いですね、無事手に入れられて良かったです。

  2. aachan より:

    実際に立ってみないと実感湧かないと思いますが、塔門だけで10階ぐらいの高さがあるんですよねえ(^^;)巨大な建築物を連続で見てると麻痺してきちゃうんですが(笑)
    当時はきっと極彩色の豪華絢爛だったんだろうなあ。。エジプトの食べ物って、普通に食べられるんだけどおいしいと感じるほどでもないという微妙な感じでした。果物も含めて味が薄いというかやや大味な感じ。やはり日本の方が品種改良とかいかにおいしくするか熱心に研究してるのでしょうね。
    民族衣装的なものって、帰国したらほぼ着る機会は無いってわかっててもつい買いたくなっちゃう。だからこそ安いものでいいかと(笑)

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