道中見聞録:旅の記録や美術館、博物館、地域のイベント

福島:会津 鶴ヶ城(若松城)

02 東北国内福島県

さて、他にもいろいろ行きたかったが、喜多方でのんびりしすぎてたら各所が閉館時間間際になってしまった(笑)

とりあえず、赤瓦にリニューアルしたという「鶴ヶ城」だけは行っておこうと駆け込みしたのは、入場締め切りの数分前(ーー;)

以前も来たことはありますが、まだ黒い瓦だったし、あれからまた復元建築範囲が広がったということもあって気になってました。
元三ノ丸であった駐車場から入って、二ノ丸であった現在テニスコートを過ぎると、お堀にかかる「廊下橋」。ようやくお城らしくなってきました!

昔は大手口でもあり、落とし橋の仕掛けがあった時代もあったようです。

そうそう、会津は支配する大名が結構代わっているんですよね。こんな感じで。まあ伊達や上杉は極端に短いのですが。。。風雲の戦国時代!

会津と言えば「白虎隊」。幕末の戊辰戦争ですね。
最後の藩主は松平容保。つまり徳川の血筋で幕府側の人間です。しかも「新撰組」を擁護して反幕派を弾圧して来た経緯もある。

大政奉還で江戸幕府が消滅し、新政府が樹立。鳥羽・伏見の戦いへとなだれ込み、ここでも主力になり徹底抗戦。
この間にも多くの悲劇があったが(割愛)、最終的にここ会津の城もぼっこぼこに砲弾を撃ち込まれて降伏となった。(当時の崩れた写真もあります)

結局その後は取り壊されたので、当時の面影を残すのは石垣部分ぐらい。

天守も昭和になってから外観を似せて再建したもので、鉄筋コンクリート造りなので、中に入るとちょっと味気ないのですが。。。

入り口付近の石垣は当時のものらしいです。それ以外は階段や床なども普通の博物館状態。

内部は城の歴史や会津の歴史や風物詩などの展示物がある博物館。
階によって撮影可能なところと不可なところと分かれていますが、重要な歴史的資料がだいたい撮影不可。なのであまり撮らなかった(^^;)

そして屋根の上からみるとよくわかる、これが赤瓦だ!(南側の走長屋方面)

以前の黒っぽい瓦は、蒲生氏郷時代にならったものらしい。近年戊辰戦争当時に統一した形にしようと言うことで、先だっての南走長屋などの再建に合わせて天守も葺き替えしたと。

最上層が展望台になってますので、そこからの眺めは。。。

こんな感じ。夕刻だったのと曇りから雨になってしまったので、いまいち眺望は開けてませんでしたが。
そうそう、南走長屋、干飯櫓などは以前訪れたときはまだ存在しなかった。

おお、こっちは木がふんだんに使われて梁などもあり、より現実味がありますね。まだピッカピカ。

中には鉄砲の狭間や石落としなどの仕掛けがわかりやすいように、アクションポーズの人形つきです(^^)

外から見た走長屋から干飯櫓。

鉄門(表門)

お茶室「麟閣」もあって本当は抹茶なども頂けたはずなんですが、すでに閉館時間を過ぎてしまっていたので見れませんでした。
そこで天守をぐるりとまわる。鉄門側からみたところ。

両側に階段がある珍しい武者走。

天守の家紋瓦部分アップ

北出丸方面から見た天守。

う〜ん、本当は松平氏の山水庭園である「御薬園」とか、会津藩校「日新館」とか(昔行ったけど)、白虎隊が城が燃えてると勘違いして自刃した飯盛山なども行ってみたかったんだけどねえ。。

まぁすごく遠いというわけでもないのだから、また行く機会はあるだろう。

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