1~3巻までまとめて読了した感想です。
歴史を題材にした漫画と言っても、自由な想像力を働かせた完全なフィクションも多い。
「王家の紋章」なども非常におもしろくて好きではあるが、時代がかなり不特定で登場人物もフィクションである。
里中さんの漫画も話の流れ的には想像力を働かせて書いた創作ではあるが、時代考証が結構しっかりしているのが特徴で、登場人物や家系図、周囲を取り巻く人々なども歴史的資料に基づいたものであるから説得力があるし、読んでいると時代や当時の政治的な状況が見えてくるのがありがたい。
「アトンの娘」はツタンカーメンの王妃「アンケセナーメン」を主人公に描いた物語である。
本書中で、アンク=エス=エン=バ=アトンとなっているのは元の「Ankhesenpaaten」の読みをそのまま採用したもの。
馴染みのない名前の方をわざわざ採用したのにもちゃんと訳がある。
王家の一族の名前は、信仰していた神の名前をいれることにより、その神に対する信仰を示し、恩恵にあずかるよう願いがこめられたものだからだ。「アトン」というのは神の名。
また、トゥト・アンク・アメンは英字で書くと「Tut-ankh-amen」。つまりツタンカーメン。
彼も元々はトゥト・アンク・「アトン」であった。もうわかる通り後に「アメン」に変わったということは大きな意味をなす。
ファラオであった父の名前は「アクエンアテン(Akhenaten)」で、イクナートンまたはアクナートンとも言う。
しかし、元々この名前ではなく「アメンホテプ4世」であった。
ここがポイント
このアメンホテプ4世すなわちアクエンアテンの時代は、エジプト史上でもかなり特異。
エジプトといえば、古くから存在した各地の神々ともども統合されていった多神教の国。
多くの神々の中でも最も神格が高くなっていったのが「アメン・ラー」の信仰(アメン神+ラー神)であり、「アメン」ホテップとはつまりアメン神をあがめる名前であったはず。
それが、アクエン「アテン(神)」(アトン神に愛されるものという意味)に鞍替えしたということになり。。。
なんと多神教からアテン神の一神教にしようとしたファラオなのです。
そのためにアテン神を祀るための特殊な神殿を持つ「アケトアテン」という都を作って、今までの首都テーベから遷都したのです。
王妃のネフェルティティも古代エジプト三大美女の一人と言われとして名高いが、歴代ファラオの王女が王位継承権を持つ時代に、他国から嫁入りしてきて正妃となる(王位継承権を持っていないはずなのに)のも非常に珍しい。
実はエジプト旅行から帰ってきてから、よりエジプトの歴史に興味が湧いてこの漫画を読んだのだが、正直びっくりした。
当時の年齢も無視した親子でさえありうる血縁同士の結婚の訳や、王位継承権の仕組みについても非常にわかりやすく書いてあり、実演で見てきたパピルス紙の製造方法まで詳しく書いてあるじゃありませんか!
政治的背景や、歴史が繰り返す宗教と権威が結びついた場合に起こる堕落と腐敗、それぞれの野望と思惑などもよく描かれている。
さらにネフェルティティの未完成の像の謎や、後世に病気であると判断されたアクエンアテンの姿の謎などにも迫る。アテン神にのめり込んだ謎も哲学的に究明している。さらに「出エジプト記」にまでつなげた手腕は見事としか言いようがない。
事前にチェックしていたWikiやガイドブックや、概略を記した書籍類よりはるかに読みやすく詳細で役に立つ。。。さすがすぎるぞ里中先生。行く前に読んでおけばよかったああああああ!