物語の主人公である石上朝臣麻呂とは、物部の総氏神である石上神宮からとった姓で、八色の姓の制度における朝臣という一種の地位を示す麻呂という人物。
元々は物部麻呂、そう蘇我氏との戦いで破れた物部氏に連なる人物です。
ただ一口に物部と言っても、同族枝族が非常に多く、実際に血のつながりがすべてある訳でもないようで、多くの同族が物部の名前を捨てて各地にちらばり潜んだ中、物部氏を名乗り続けていられた特殊な事情があった由。
しかし巨大な権力を持っていた物部氏が衰退したことに変わりはなく、この人物も歴史の舞台の影にひっそり隠れていた時期が長くて謎に包まれている。
権力が蘇我氏から皇族へと移り、やがて天智天皇の亡き後その皇子と異母弟の大海人皇子(後の天武天皇)との間の戦乱が開かれ(壬申の乱)、そこで大友皇子に最後まで付き従った人物として歴史上に名前が浮上してくるのだ。
つまり敗者側の忠臣とも言えるのだが、その後何故か重要な任務をおってめきめきと昇進していってるのだ。
詳しい資料は無いようなのだが、黒岩氏はここに目をつけて、独特の考察でその人生を描いている。
生々しく人間臭さをにじませながら納得させる手腕はさすがだ。
物部と言えば古くからの軍事氏族という印象が強かったのだが、間者としての技術と裏切りの系譜についてクローズアップされているのも特徴的。
共感できるか否かは別としても、なかなかおもしろい作品でした。