もうひとりの息子

Human Drama

しばらく多忙で映画を観に行く機会も減ってしまったが、久しぶりに近所の単館へ足を運んでみたのが「もうひとりの息子」というフランス映画。

湾岸戦争の混乱の最中にほぼ同時に出産した二人の妊婦。病院からの避難時に隣室の子供と取り違えられた二人の男の子。

いよいよ自分の人生を選択して自分の足で羽ばたく瞬間という18歳の時にそれは発覚し、一気に家族は混乱の渦に突き落とされる。。。。

こういう入れ違う悲劇をテーマにした作品は他にも存在するが、この映画の深いところは家族の絆だけではなく、民族闘争や宗教観による憎しみや葛藤なども織り込まれてるので感情がより複雑になっていること。

皮肉にも戦争の混乱により隣室同士だったのは、パレスチの民(アラブ人)とイスラエルの民(ユダヤ人)だったのだ。

残念ながらパレスチナ問題についてはニュースでちょっと耳にした知識ぐらいしかなかったので、遅まきながら歴史を調べてみたら、恐ろしく複雑に周辺諸国入り交じった古代からの侵略、征服と滅亡を繰り返している地であった。知るほどにわからなくなってくる。

そもそもユダヤ人という呼称もアラブ人という呼称も歴史の途中から文化的なまとまりとして現れたものであり、ヨーロッパから中近東まで周辺諸国の様々な地の血が入り交じっているようだ。厳密には人種としての呼び名ではない。アラブ系ユダヤ人というのもありだからややこしい。。

作品中でも取り違えが発覚した時に、父親が母親に向かって「自分の子供なんだからわからないはずがないだろう」というような言葉をぶつけるが、そういう父親でさえほぼ成人するまで一緒に暮らしてまったく気付かなかったのだから、敵対してるのにわからないくらいに似ているということが暗示されているのも皮肉なことだ。

とはいえ、現在ガザ地区と西岸地区に分かれているパレスチナ自治区(現在非加盟オブザーバー国家として国連にも認知されている)は、イスラエルの占領下にある。ガザ地区の方が過激派らしく軍事封鎖も厳しいようだが、今回は西岸地区が舞台となっている。

ヨルダン川西岸地区に築かれた長く高い分離壁で囲い込まれ、周辺道路は封鎖されてパレスチナ人は他の土地に自由に買い物に行くことも働きにいくことも出来ない。
イスラエルからの許可証を発行してもらえた者以外は籠の中の鳥だ。
(この壁は境界線上ではなく、パレスチナをどんどん侵略するように現在も建設がすすんでるとも言われている)

自由と土地を制限されて、貧しく、「軍事力で自分たちの土地を奪い続ける占領者たち」としてイスラエルの侵攻を激しく憎んでいるパレスチナ:西岸地区の人々。

一方、その状態をすでにあたりまえの日常として受け入れ、自由で賑やかな都会の暮らしを謳歌し、ビーチレジャーを楽しむイスラエル:テルアビブの若者たち。 その世代には憎しみも罪悪感もあまり感じられない。

まったく正反対の環境で生きて来たごく普通の家族。
環境が異なっても、それぞれ自分の家族たちを愛し、大事に育て、寄り添って生きて来た。 これからもそれぞれのささやかな幸せが続くものだと信じて疑わなかったのに。。。

結局はすべてを包み込んでしまう母の広く深い愛。
愛しながらも家や民族の誇りにも囚われて苦悩する父。
混乱して傷つけることしかできなくなってしまう兄。
無邪気に喜ぶ素直な妹。

立場が違うとその感情の動きにも違いがあり、ついそれぞれに感情移入しては一層複雑な思いに錯綜する観客(笑)さらに息子当人たちの激しい困惑とやりきれなさが加わってもうぐらんぐらんになる。

アイデンティティとは何か?宗教に救いはあるのか?憎しみは何を生み出すのか?

リーフレットにも記されたキャッチコピーのような以下の言葉は非常に重い。

– 母さん、僕は「敵」ですか?「息子」ですか?
– それでもその息子を愛せますか。

政治的にも宗教的にも全く相容れない、普通に暮らしていれば接点などなかったはずの家族たちが、とまどいながらも前に進んで行こうとする姿。

今までの全ての価値観やアイデンティティというものの脆さを目の当たりにしながらも、そこから自分というものを見いだして生きて行こうとする若者の力強さに希望が感じられて嬉しくなった。
様々な障壁をすべて打ち壊して、ただの「人間」として向き合うことができたら世界はどう変わるでしょうね。

なによりストーリーがとても素晴らしい良い作品だと思います。

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